「そっか……」
それ以上、言葉が出てこなかった。
「ミリアム王子っていう方ですの。お優しくて、一緒にいると楽しくて……それに、とても面白い方で――」
ミリアは、楽しそうに思い出を語り続ける。その言葉一つ一つが、まるで針のように俺の胸に突き刺さった。
「あ、俺……店の方と町を少し見てくるわ」
もう、これ以上は無理だった。俺は、無理やり話を遮って立ち上がった。
「そうですか。わたしもご一緒しますわ」
ミリアがすぐに立ち上がる。
「大丈夫だから。一人で歩いていくよ」
俺は、ミリアの制止を振り切って、屋敷を飛び出した。
――うわ。強引に出てきちゃったよ。
あ~……どうしよう。気まずくなったかな。でも、あのまま聞き続けるのは、正直、苦痛だった。仕方ないよな……。今まで、彼女ができたことなんてなかったし、こんなふうに誰かにヤキモチを焼くなんて、初めてだった。俺は、自分の感情の揺れに戸惑っていた。胸の奥が、じんわりと熱くて、苦しくて――でも、どこか嬉しくもあって。
……ミリアのこと、俺、そんなふうに思ってたんだな。
町をぶらぶらと歩き回って、気づけば夜になっていた。灯りの落ちた通りを、ゆっくりと歩いて屋敷に戻る。門番に見つからないように、そっと裏口から入り、誰にも気づかれないように、自分の部屋へと足を運んだ。夕食も食べずに、そのままベッドに潜り込む。部屋の中は静かで、外の虫の声だけがかすかに聞こえていた。
目を閉じても、眠気はやってこなかった。ミリアの笑顔が、何度も脳裏に浮かんでは消えていく。
――ミリアム王子。優しくて、楽しくて、面白い人。
……俺じゃ、ダメなのかな。
そんなことを考えてしまう自分が、情けなくて、苦しくて。胸の奥が、じんわりと痛んだ。眠れない夜だった。
♢不器用な謝罪と新たな一日ミリアは、俺の態度に気づくこともなく、満面の笑みで答える。その笑顔が、今は少しだけ、つらかった。嬉しそうに話すミリアを見ていると、その言葉を聞きたくないと思ってしまう自分が、また嫌になる。朝に反省したばかりなのに。“器が小さい”って、自分で分かってるのに。 ――我慢、我慢。 俺は、ギリッと奥歯を噛みしめた。ミリアは何も悪くない。ただ、懐かしい友人との再会を楽しみにしているだけだ。それなのに、こんなふうに心がざわつくのは――きっと、俺が本気で彼女のことを想っているからだ。それが、余計に苦しかった。 なんとか数日間、耐え抜いた。ミリアの隣で、笑顔を保ち、言葉を選び、自分の感情を押し殺して――ようやく、目的地に着いたらしい。馬車の窓から見えたのは、またしても立派で豪華なお屋敷だった。白い石造りの壁に、手入れの行き届いた庭園。門の前には、衛兵が整列していて、まるで王族の別邸のようだった。「こちらも、わたくしのお屋敷ですので、ゆっくりとしてくださいね」 ミリアは、優雅に微笑んだ。「ありがと……」 俺は、形式的に礼を言った。心がこもっていないのは、自分でも分かっていた。「これから、どう致しますか?」「町を見て回ろうかな……」「ご一緒いたしますわ」 ミリアが、当然のように言った。「そうだね。詳しくないし……迷子になっちゃうかもしれないし」 不貞腐れたような口調になってしまったのは、自分でも抑えきれなかった。「ご案内をいたしますわね」 ミリアは、何も気づかない様子で、にこやかに言った。 ――その笑顔が、今は少しだけ、つらい。 荷物を降ろし終えると、俺たちは再び馬車に乗って町へ向かった。馬車の中、ミリアは楽しそうに町の話をしていた。けれど、俺の心はどこか遠くにあった。 ――いつまで、こんなふうに笑っていられるんだろう。「まずは、ミリアム王子をご紹介いたしますわね」
「そっか……」 それ以上、言葉が出てこなかった。「ミリアム王子っていう方ですの。お優しくて、一緒にいると楽しくて……それに、とても面白い方で――」 ミリアは、楽しそうに思い出を語り続ける。その言葉一つ一つが、まるで針のように俺の胸に突き刺さった。「あ、俺……店の方と町を少し見てくるわ」 もう、これ以上は無理だった。俺は、無理やり話を遮って立ち上がった。「そうですか。わたしもご一緒しますわ」 ミリアがすぐに立ち上がる。「大丈夫だから。一人で歩いていくよ」 俺は、ミリアの制止を振り切って、屋敷を飛び出した。 ――うわ。強引に出てきちゃったよ。 あ~……どうしよう。気まずくなったかな。でも、あのまま聞き続けるのは、正直、苦痛だった。仕方ないよな……。今まで、彼女ができたことなんてなかったし、こんなふうに誰かにヤキモチを焼くなんて、初めてだった。俺は、自分の感情の揺れに戸惑っていた。胸の奥が、じんわりと熱くて、苦しくて――でも、どこか嬉しくもあって。 ……ミリアのこと、俺、そんなふうに思ってたんだな。 町をぶらぶらと歩き回って、気づけば夜になっていた。灯りの落ちた通りを、ゆっくりと歩いて屋敷に戻る。門番に見つからないように、そっと裏口から入り、誰にも気づかれないように、自分の部屋へと足を運んだ。夕食も食べずに、そのままベッドに潜り込む。部屋の中は静かで、外の虫の声だけがかすかに聞こえていた。 目を閉じても、眠気はやってこなかった。ミリアの笑顔が、何度も脳裏に浮かんでは消えていく。 ――ミリアム王子。優しくて、楽しくて、面白い人。 ……俺じゃ、ダメなのかな。 そんなことを考えてしまう自分が、情けなくて、苦しくて。胸の奥が、じんわりと痛んだ。眠れない夜だった。♢不器用な謝罪と新たな一日
……いやいや、待ってくれ。俺、薬屋やってただけなんだけど?モンスターを倒したのも、盗賊を撃退したのも、たまたま運が良かっただけで――……って、誰に言っても信じてもらえないんだよなぁ。 どうやら、俺がSSS級冒険者になってしまったのは――国王が認め、ミリアが認めたかららしい。その後、王都の冒険者ギルドのギルマスと国王が、「一応、皇帝にも報告しておこう」と連名で書状を送ったらしいんだけど――返ってきた返事は、こうだった。『娘の命の恩人で、冒険者。王国軍が数年かけて討伐できなかったモンスターを、単独で、しかも複数体討伐したんだろう?何が問題なんだ?』 ――逆に聞かれたらしい。 ということで、皇帝にも正式に認められて、俺は“SSS級冒険者”になってしまった。 ……いや、俺、薬屋なんだけど。 冒険者カードも一応持ってるけど、使う予定はまったくない。何とも呆気ない話だ。ちなみに、俺が取得したクラスより上があるらしい。“SSSS級”――四つ星の称号。ただ、これはほとんど話題にすら上がらない。実現があまりにも難しいからだという。条件は――皇帝、そして各国の王が、その者の功績を“相応しい”と認めた場合にのみ与えられる称号。 ……うん、必要ないでしょ。 名誉だけで、特に何か得られるわけでもなさそうだし。入国税?ミリアと一緒にいれば免除されるし。税金?そもそも、そこまでお金に困ってない。俺には、もうこれ以上、何かを求めるものは――たぶん、ない気がしていた。静かに暮らして、たまに誰かの役に立てて、それで十分だ。♢ミリアの提案と募る嫉妬心 リビングにいたミリアに、ふと思いついたように話しかけた。「他の町というか……国も、見てみたいんだけど」 ミリアは優雅にカップを傾けながら、静かに頷いた。「そうですわね……わたくしも、この町には少し
「さて――二人とも、今から働いてもらいますからねっ」「「はいっ!」」 元気よく返事をする二人に、俺は異次元収納の使い方を教えた。空間が歪み、吸い込まれるように物が消えていく様子に、二人は目を見張っている。売上金もその中に入れてもらうようにして、必要なときに俺が補充や確認ができるようにする。 そして――給金の話。「給料は月に一回。初めに聞いた通り、金貨一枚ずつで」 そう言った瞬間、二人はぴたりと動きを止めた。 ……ん?なんで固まってるの?安すぎた?それとも高すぎた?俺が困っていると、デューイがそっと耳元に顔を寄せてきた。「……払いすぎです。店の店員の給金ではありませんよ。それ、王国の役職持ちの給金レベルです」「……あ、そうなんだ」 でも、まあ――「役職付きだった大隊長を雇うんだから、二人はそれで良いんじゃない? その分、しっかり働いてもらうよ。店の護衛や品出しとかね」 俺はニヤッと笑ってみせた。特に理由はないけど、なんとなく言ってみたかっただけだ。女性護衛は顔を赤くしながら「……はいっ」と答え、デューイは苦笑しながら「……了解しました」と頭を下げた。 ――うん、いい感じだ。「では……有り難く頂いておきます。出来ることなら何でもやりますので、何でも言ってください」「……有難う御座います」 真剣な表情で頭を下げる女性護衛に、俺も思わず頭を下げ返した。 ――いや、でもさ。 メイドさん……話が違うんですけど……?金貨一枚って、そんなに高かったのか?こっそりミリアに聞いてみると、どうやら帝国と王国では、貨幣価値に多少の差があるらしい。 ――それ、先に説明しておいてよ。 まあ、今さら言っても仕方ないか。お金を扱う以上、信用してい
――許可証だけじゃなく、看板まで……。これがあれば、誰が見ても“王国公認”の店だと分かる。下手に絡んでくる連中も、さすがに手を引くだろう。「そうだ。他にも許可証って取った方がいいの?」俺が念のために尋ねると、デューイは即座に首を振った。「必要ありません。この店は、王国の事業として正式に認可されています。よって、商業ギルド・薬師ギルドの干渉も受けません」「……はぁ~、良かった」思わず、肩の力が抜けた。もう、面倒事は勘弁してほしい。静かに、穏やかに暮らしたいだけなのに――この数日で、俺の日常は完全にひっくり返った。薬屋として、平和に過ごしたかっただけなのに。気づけば王族になり、モンスターや盗賊に襲われ、果ては貴族と揉める始末だ。 ――あはは……辞めるタイミング、逃しちゃったかな。正直、うんざりしてた。でも、看板を手にした今――デューイや、ミリアや、あの店を頼ってくれる人たちの顔が浮かんだ。 ……続けるか。俺は、看板をそっと見つめながら、小さく息を吐いた。「よし。じゃあ、もう少しだけ頑張ってみるか」 ――そうだ。 女性護衛とデューイの話し合いの時間、ちゃんと作ってあげないと。「デューイと、今後の話し合いをしてきて良いよ」俺がそう声をかけると、女性護衛は少し気まずそうに視線を逸らし、デューイは「?」といった顔で首をかしげた。そこで、ミリアがふわりと微笑んで一言。「二人の将来の話をしてきても良いわよ」その言葉に、二人は一瞬固まったあと、顔を赤くしながら少し離れた場所に移動し、向かい合って座った。 ――うん、いい感じだ。「デューイが店に来てくれれば助かるんだけどなぁ~」俺がぽつりと呟くと、ミリアが紅茶を口にしながら首を傾げた。「そう
一通り、重傷者の治療を終えたあと、 俺は店の奥の部屋に戻って、椅子に深く腰を下ろした。 ――ふぅ……さすがに疲れたな。ようやく一息つけると思った矢先、 店の方から騒がしい声が聞こえてきた。怒鳴り声と、人々のざわめき。 外の空気が、ざわざわと波立っているのが分かる。ん?……またお貴族様か? しつこいなぁ……。面倒な予感しかしない。俺はため息をつきながら店の方へ出てみると、 案の定、貴族風の男が護衛と兵士を引き連れて騒いでいた。顔を真っ赤にして、店を指差して怒鳴っている。「おい! 商業ギルドと薬師ギルドの販売許可は取っているのか!?」 ――は?そこまでの許可は……取ってないけど? ていうか、必要なの? そんなに?俺は一瞬、言葉を失った。 ……なんだか、面倒になってきたな。別に、薬屋をやりたくて仕方なかったわけじゃない。 ただ、誰かの役に立てるならって思って始めただけで――俺は、楽しく暮らしたいだけなんだよ。金なら、もう結構貯まった。 この店ごと、国王――義理の父親に買い取ってもらえば、 現金収入も得られるし、バカ貴族に絡まれることもなくなる。 ――それも、悪くないかもな。こいつのお陰で決心がつきそうだわ。俺は、静かに視線を貴族の男に向けた。その目は、怒りというより―― ただ、うんざりしていた。「あ、許可は取ってないですね」俺が正直に答えると、貴族風の男はニヤリと口元を歪めた。「ほぉ~、取っていないのか。では――違法だな。……コイツを捕らえろ」男が護衛兵に指示を出すと、兵士たちがじりじりと俺に近づいてくる。 ――はぁ、やっ